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【NEW】「私の人生録」鵜久森 啓之さん
【プロフィール】
1952年3月 辰年生れ(今年は年男です)
松山商業高等学校・阪南大学・京都の百貨店(婦人服販売)に就職・大阪府の枚方郵便局(郵便課内務)に転職・松山市の郵便局に転勤となり、60歳の定年退職を迎えるまで勤務しました。
第2の人生を迎えるために、シルバー人材センターの派遣スタッフとして、小学校の校務員(アルバイト程度)として、勤務し現在に至っています。
【ふり返って・思い出】
松山商業高校時代では、3年生の時に今でも伝説の熱闘甲子園、三沢高校との延長18回引き分け再試合の末優勝したこと。
今でも同期会が全国から100名程度の仲間が集まり開催しています。
阪南大学時代では、入学の時に大阪万博が開催されていました。
学業と共に、部活動では詩吟部・軽音楽部に在籍し、充実した大学生活を送ることが出来ました。
枚方郵便局時代では、スキーにはまり、1度だけですが国体のスキーアルペン・スラローム部門に出場することが出来ました。
松山へ帰ってきてからの郵便局時代では、結婚し夫婦共に体を動かしてスポーツをするのが好きでしたので、ウィンドサーフィン・スキー・テニス・その他、共に色々な事にチャレンジしていました。
また、私はWSの関係から、愛媛県ヨット連盟(現・セーリング連盟)に関係する事となり、国体ヨット競技の監督として10数年携わることが出来ました。
郵便局勤務を定年退職した後の現在は、小学校校務員として子供達とふれあいパワーをもらい、また趣味の一つとして永年続けて来たゴルフと共に、家庭園芸・菜園で色々な花を咲かせ育て、充実した生活が送れるように日々頑張っています。
【阪南大学同窓会愛媛県支部とのつながり】
出会いは、西原氏(初代支部長)より、香川県に阪南大学同窓会四国支部の組織が有り、県単位での支部を創設しましょうと声掛けが有り、四国支部愛媛県としてスタートしました。そうしての活動が本部に認められ、愛媛県支部が発足しました。
数年活動をしている中で、金子氏(二代目支部長)福岡氏(当時事務局長)と、支部会員の皆様やその他全国の阪南大学卒業の方々に、広く周知していくにはホームページを使って、閲覧していただく事が良いのではないか、となり開設しました。
ホームページも数年たつとスタイルも古くなりましたので、小倉氏(当時広報担当)と時勢にマッチしたデザインに修正・改良し、現在の基本ボディを作りました。
その後小倉氏に、手を加えていただき現在に至っています。
支部間交流も積極的に取り組み、特に近県であります高知・広島県支部とは、親睦会・ゴルフ交流会等を開催して、有意義な親睦を深めることが出来ました。
私としましても、支部役員の世代交代もスムーズに行うことが出来、現在の執行部役員の皆様にお任せして、一会員として支部活動に参加させていただいております。
おわりに
私の人生を振り返ってみて、有り難いなと思うことは、体験したさまざまなスポーツを通じ、日本各地に沢山の友人・知人が出来た事。
「近くに来たら何時でも声を掛けてね」と、言ってくれる仲間がいつまでもいる事。
阪南大学を卒業してはや半世紀。
50年経っても同窓会メンバーとして、仲間がいる事。
これは大変素晴らしい事だと思います。皆様に感謝しています。